「ラグビーワールドカップ奮闘記」
~ひたむきにひとつひとつ心をこめて~
元ラグビー日本代表テクニカルスタッフ 村田祐造
『第二章 ひたむきに 泥にまみれ』
連載 第8回!
●勇気を振り絞って前へ!
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数週間経って、私もAチームのコンビに参加するようになった頃である。
当時私はウィングだった。私へのパスがワンバウンドした。
低すぎて捕れそうになかったので、私は足にかけてドリブルした。
ライン際だったのでボールは転がってタッチに出た。
その時だ、宋が飛んできて、
「ボールが落ちたらセービングじゃねぇのかよ、ゆうぞう、ふざけんな!」
3歳年下の後輩から怒鳴られた。
私は手刀を鼻先に出し「わりぃ。その通りだ」と頭を下げた。
ミスボールを相手に拾われると、こちらの陣形が崩れているケースが多いので大ピンチを招く。
逆に相手のミスボールを拾えれば、大チャンスになる。
ボールが落ちたらセービング。
セットプレイで常に劣勢に立たされ、攻撃機会の少ない東大ラグビー部は、
ミスからのピンチは最小に、相手のミスからのチャンスは最大にしなければならない。
我々はそういうところで体を張らなかったら勝つ要素がなくなる。
たとえそれが上級生でも、「ゆうぞう」でも、
落ちたボールにセービングしない選手が一本目のすいかジャージを着る事は許さない。
そんな迫力があった。
ラグビーは、肉体的なぶつかりあいの戦いだ。
自分をタックルしようと待ち構える敵の中にボールを持って突進するのだ。
しかし、相手のタックルが怖いからと言って後ろに逃げることはできない。
ラグビーでは自分の後ろにいる仲間にしかパスができないからだ。
後ろに逃げたらパスできる仲間がいなくなる。
ボールを前に進める競技なのに、前にいる仲間にはパスができない。
それがラグビーだ。
少しでも前へ。前へ前へと進む行為は、次に走る味方を活かす役割になる。
自分がタックルされてもパスをつなげば、仲間が代わりに前に進めてくれるのだ。
裏を返せば、目の前のボールはみんながつないできてくれたボールだ。
仲間がつないでくれたボール。少しでも前に進めて次の仲間に託す。
ラガーマンは勇気を振り絞って前に進むのだ。
つまり、ラグビーとは、仲間からの信頼と自分の責任をかけた精神の高さが試される戦いでもある。
そんな厳しい戦いの最中には「村田さん!ボールを落としたらセービングお願いします!」
などとはしゃべっていられない。
「村田さん!」なんて呼び名は、恐怖に打ち克ちながら、
頭に血を上らせて突進している極限状態では耳に入らない。
しかも悩ましいことにラグビーでは、前に進もうとしているので、意識も身体も前を向いている。
しかし、パスできる仲間は後ろだ。
仲間の存在を確認するためには、耳がとても重要なのだ。
だからラグビーの試合中は、「祐造!右にいるぞ」と声をかけてもらうのが、一番ありがたい。
人が生まれて、大好きな人がたくさん呼びかけてくれる言葉。
生涯で一番多く耳にする言葉。
人の心に最も届く素敵な言葉はその人の名前なのである。
だからラグビーの友達には、下の名前でお互い呼びあう仲間が多い気がする。
グラウンド上ではあまり先輩後輩の上下関係は厳しくなくていい。
戦いの最中には最もシンプルに心に響く言葉が必要なのだ。
ただし、グラウンド外では別だ。
目上の人には、礼儀正しいのが正しいラガーマンの姿だ。
練習後の風呂で宋に話しかけた。
「おい宋。あんとき悪かったな。セービング。俺、ボール落ちたら全部飛び込むよ」
と言う私に、「あー祐造さん。わかってますよー。僕の方こそ熱くなっちゃってすいません」
と宋は屈託なく笑った。
本当にいい奴がリーダーをやっているなと、私は心の中でニヤリとした。
次回へ続く・・・