2008.9.10

ラグビーW杯2003奮闘記(14)

「ラグビーワールドカップ奮闘記」
~ひたむきにひとつひとつ心をこめて~
元ラグビー日本代表テクニカルスタッフ 村田祐造

『第三章 苦闘するジャパンに見えた光』

    連載 第14回!

     ●セービングの大切さを映像で・・・・

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日本代表の三つ目の課題は、ハンドリングミスが多いことだった。

9月下旬。日本代表はワールドカップ直前の沖縄合宿に突入した。
しかし、まだ単純なミスが多い。

秋廣氏が撮影していたコンビネーション練習のビデオで、
宿舎に戻ってハンドリングエラーを数えてみた。

13回もあった。ミスが起きても誰もセービングしない。
パスの文句を言っている。

文句言う前にまずセービングだろう!

私は練習を止めて怒鳴りつけてやりたいのだが、
私はテクニカルスタッフという立場であってコーチではない。

グラウンドでは大きな声が出せない。

だから日本代表の練習に私も参加して、ミスがおきたらセービングしまくって、
テクニカルとしてのメッセージを選手に伝えようとした時期もあった。

(日本代表に混じって練習してみたいというミーハーな気持ちが大半なのだけれど)

その件に関しては代表選手に怪我をさせたら、
誰も責任が取れないということで監督から既に禁止されていた。

確かにその通りなので仕方がない。

どうすればセービングの大切さを選手に伝えられるのだろう?

私が見たあの東大の壮絶なコンビネーションの練習を
ジャパンの選手達にみせてやりたかった。

だけどそんなビデオは残ってない。
その話を秋廣氏にすると、彼はこうつぶやいた。

「いいこと思いついた。そういうビデオをつくろう」

私達はさっそく作業にかかった。

次の日の練習前ミーティング。
選手がミーティングルームに集まって来る。

前のスクリーンに桜のエンブレムと「己を知る」「日本代表の誇り」
という言葉が大きな文字で映し出されていた。

定刻になり秋廣氏が前に出て「今日はまずこのビデオを見てください」と言い、
私が再生ボタンを押した。

イングランドの国家が流れる。

選手達は胸のエンブレムに手を当てて国家を歌っている。
感極まって涙を流す者もいた。

フェイドアウトしてオーストラリアの国家が流れる。
ジャージとメロディは違うが選手達の目の光と涙と魂は同じだ。

次に「私達が戦うのはW杯です」「私達は国の代表です」
という言葉が画面に浮かび上がった。

そして前日の日本代表の練習映像が映し出された。
ミスが起きたシーンが次々に映し出された。

ノックオン。パスミス。またノックオン。
そして最後に次のような言葉の静止画像で映像が終了した。

ミスしたら処理まで
落としたらセービング
相手のミスもセービング
こぼれたらセービング

ボールは命だ。落ちたら飛込め。
自分のケツは自分で拭くものだ。
失敗しても責任をとれる男は信頼される。

ジョセ・クロンフェルド

日本代表の選手達は声一つ立てずスクリーンを見つめていた。

沈黙を破って向井監督が最後にまとめた。

「昨日の練習ではハンドリングミスが非常に多かった。
ジャパンがあんなにミスばかりしていたら
勝てるもんも勝てんよ。

ミスを恐れることはないけど、
ミスしたら処理するところまで責任をもとう。

それがミスに厳しくっていうことや。
そうすればミスは絶対なくなる! よし練習に行こう」

その日、ジャパンの練習で起こったハンドリングミスは
たったの3回だった。

ノックオンのような、あからさまなミスらしいミスは
一つもなかった。

ちょっとしたパスミスで地面にボールが落ちた瞬間が
3回ほどあったが、すぐさま近くのプレーヤーがセービングした。

日本代表らしい引き締まった緊張感のある練習だった。

ひとつひとつのプレーに責任を持って、
心を込めてプレーしているように感じられた。

実は、ニュージーランド代表の偉大なフランカー、
クロンフェルドが本当にあのような言葉を言ったがどうかは、私は知らない。
言ってないかもしれない。

なぜならあの言葉を考えたのは私だからだ。

でも、たぶんセービングについて訊かれたら彼もそう言うに違いないと思う。
オールブラックスのフランカーはそんな男に違いない。

ラグビーはそういうスポーツだから。信頼と責任のスポーツだ。
練習後、私は笑顔で秋廣さんとがっちり握手した。

やっと一つのチームになった。

これで戦えると手応えを感じた。

次回へ続く・・・